好きな秋

こんにちは。

 

ダイエットもかねて、運動不足を解消するため、

軽い、(本当に軽するぎるくらいの)ジョギングを再開しました。

 

2018年の夏は猛暑、酷暑だったので、運動するというところまで

余裕がありませんでした。

 

11月になったので、秋も深まり、外のひんやりとした空気も心地よく感じるようになりました。

 

期待も予想もしてなかった公園の木の紅葉の美しさに感動しました。

 

太陽の光が、紅葉した黄色、オレンジ、赤色、グラデーションになった葉っぱをキラキラさせてて、木の枝に誰かが飾り付けしたみたいに、どの木も綺麗だった。

 

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こういった自然の、植物の紅葉の美しさって、改めてすごいなあと思う。

ただ、葉っぱが枯れていくだけでこんなに美しいって、

どんだけの存在やねん。

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綺麗なものはそこらじゅうにあった。

有名な観光地に行かなくても、この公園の紅葉は素晴らしい。

 

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意外と、何もかも、ちゃんと見てなかったことに気づいた。

視界には入っているけれど、心を込めて見ていないと、

まるっきり記憶にも残らないし、心にも残らない。

 

ただ視界に入っていることと、

目的があって見ていることは、

全く別ものだってことがわかりました。

 

興味があるものは、いろいろなことがよく見えてくるし、

興味がないものは、心に残らないし、深くまでわからない。

 

興味のレベルは人それぞれ、

興味の対象も人それぞれ。

 

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枯れたのは葉っぱだけであり、

春になれば、また新しい葉っぱが生まれてくる。

植物は、喋ったりしないけれど、ちゃんと生きていて、

私たちは無意識に植物のエネルギーを感じていると思う。

 

部屋に置いている植物を今年から増やしていた。

だからなのか、植物に対する気持ちが前よりも強くなっている。

 

固形の肥料をあげれば、葉っぱの色が濃くなった。

水をやりすぎて枯らしていたことが多かったけれど、

今は、土が乾いてしばらくしてから水をあげるようにしたら

うまく育っている。

枯らさずにちゃんと育って欲しいという気持ちも伝わってるのかもしれない。

 

体を動かすと、頭がすっきりして、体のむくみも取れる。

 

ジョギングが楽しみになりつつある。