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映画日記:素晴らしきかな、人生(2016年公開)

映画

こんばんは。ジョーです。

 

映画館に観に行くときは、なるべく映画のあらすじや情報を観ないで行くようにしてます。

 

この映画はとてもいい意味で、予想を裏切ってくれました。

 

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何度か涙もでました。

登場人物たちはニューヨーカーという設定のため会話速度が速いから、じっくりセリフを読みたい自分にはついていけませんでした。

セリフの意味を思い返そうと思うと、次のシーンへ展開していくので、字幕を見落としたセリフもいくつかあります。

レンタルDVDで映画を見ることに慣れていると、「一時停止」ボタンや早送りできるけど、映画館はできません。DVDが出たらまたレンタルします。

 

 

ここからネタバレです

 

 

We are all connected.

ウィルスミス演じるハワードは、部下たちに向かって演説します。

「俺たちはみんなつながっているんだ」

映画の中で、キーワードとなるセリフがいろいろとでてきます。

 

キーラナイトレイがエドワードノートンに、彼の娘が初めて生まれた時、どんな気分だったか教えてと聞いた。

エドワードノートンは、

 

「娘を初めて腕に抱いたとき、とまどった。

そして、愛を感じなくなったんだ。

なぜなら自分自身が愛になったから」

 

というようなセリフでした。

 

 

 

「愛」「時間」「死」のキーワードで、それに続いて、詩のようなメッセージが付け加えられている。

抽象的で哲学的なメッセージでした。

 

 

3人の役者たちは、もともとはお金のない舞台俳優たちでしたが、エドワードノートン達から打診を受け、割のいい副業になりそうだし仕事を引き受けることにしました。

 

3人の舞台俳優たちは有名になっていないだけで確かな実力がある。映画の中の彼らの演技で、本当に彼ら3人が「愛」「時間」「死」を司る天使のように見えてくる。

 

エドワードノートンは、認知症の母親との交流から生まれた独自の発想で、ある手法を思いついた。

認知症の母親には、母親の世界がある。

自分が認知症の母を理解できないからといって、イライラしたり、拒絶しても何もならない。

自分が母親の世界に合わせると、2人はかみ合って楽しくなる。

 

 

この手法により、同僚たちは、ハワードの心の世界へ合わせていこうとする。

会社の存続危機もあり、ハワードが回復するまでじっと待つことなど出来ない状況でもあった。

彼らの行動は、ハワードを騙す部分もあるわけで、良心の呵責に苦しむ人もでてきた。

だけど、愛は寛大でした。

同僚たちは、意図せずして、知らぬ間に「愛」の世界とつながっていった。

 

自分がどんな周波数、波動に合わせるのか。

それにより見えてくる現実、世界が違うという。

愛を知りたければ、自分が愛の周波数を合わせる。

自分が愛になる。

そういうことなのかと思った。

 

みんなつながっている

私たちはつながっている。

We are all connected.

 

それは、ハワードの亡くなった6歳の娘がいる世界と、生きている者たちの現実の世界もつながっている。

 

そして、私たちはつながっているから、一つでもある。

ヨガクラスでも「私たちの根っこはつながっている」と聞いたことがあります。

 

彼の苦しみは、自分たちの苦しみでもある。

ドミノのように、誰かが苦しいことは、誰かの苦しいことでもある。

みんなつながっているから。

 

 

それならば、誰かが愛になれば、愛が波及していくということでもある。

みんなつながっているから。

一人一人の心の中、意識が、大きな影響を及ぼすということでもある。

一人一人の意識が、全体の意識とつながっている。

だから、集団の意識はとても大きい。

 

 

やっぱり3人は本当の天使だった?

  • ハワードの妻が、病院で娘の死を覚悟しているとき、隣にいた見知らぬ女性は「死」の舞台女優だった。
  • 「死」の舞台女優は、ハワードだけではなく、末期がんの同僚男性へも助言をして癒していた。彼が家族に黙って死のうとしていることを「死に方が良くないわ」といい、家族に自分がもう長くないことを伝え、家族に死別する心の準備をさせて、さよならを言わせてあげなさいと言っていた。
  • 「愛」の舞台女優は、ハワードだけではなく、不倫して離婚し、6歳の娘から嫌われた父親に対して、娘と仲直りするように励ました。
  • 「時間」の舞台俳優は、精子バンクで高齢出産をしようかと悩むハワードの同僚女性に前向きになるような言葉をかけていた。
  • 3人の舞台俳優たちは、ハワードだけでなく、その同僚3名も癒していた。
  • ラストでハワードが振り向くと3人の姿が消えていた。

 

誰かを助けたい、救いたいという愛の行動は、

自分にもかえってきていたということだった。

自分も救われているということだった。

みんなつながっているから。

同僚3名は、自分たちの悩み苦しみから、癒されていった。

 

「さらっとしている」ところが、売りなのかと思いますが、

もうちょっとじっくり味わう時間が欲しかったです。

 

 

ニューヨークの橋の景色とか見とれてしまいます。

「死」の舞台女優のファッションがお似合いでした。魅力的な女優さんでした。

そして、ケイトウィンスレットとキーラナイトレイはイギリス人と知ってましたが、

ヘレンミレンと、ナオミハリスもイギリス人なんですね。

 

女性陣がイギリス人で固めてて、和気あいあいとした撮影現場だったのかなあなんて妄想しました。

 

タイトル

原題 Collateral Beauty、映画のセリフで「死」の舞台女優の話した「幸せのオマケ」なんですね。

 

人生にはその人それぞれに、必ず悩み苦しみがあるものだけど、でも生きていたら、

「生きててよかった」と思える日も必ずあるから、諦めてしまわないでというエールと受け取りました。

 

あの時は、どん底だったけど、それでもなんとかやってきたけど、だんだん、感謝できることが増えて、周りの人たちの優しさに気づけるようになったり、出会いもあったり、やっぱり生きててよかった。

素晴らしきかな、人生。

 

今度はDVDでゆっくり鑑賞します。

 

読んで頂きありがとうございました。