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不完全ですが、愛してくれますか

つぶやき

おはようございます。ジョーです。

 

世の中に完全なものってあるのかなと、ふと思いついて・・・

全ては、朽ち果てて、滅んでいくし、

100年も経てば、今生きている人たちのほとんどは

新しい命の人たちに入れ替わっているんだった。

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私は昔から、性格に「傲慢」な部分を持って生まれて来ていて、

よーく観察すると、私の母親と兄が、同じような傲慢な部分を持っています。

家族って、褒められない部分が、似ているところを持っている。不思議なほど。

やっぱりソウルメイトだからでしょうか。

 

 私は、何か他人から嫌な思いを受けた時に、

「器が小さいんだな。この人って」と心の中で批判することがあった。

「なんでこんな仕打ちを受けなければならないの?(涙)」と悲しむよりも、

「あなたの器が小さいんだよね。ふん!」と密かに心の中で反発している方が、

強さでカバーしているような気がして、自分らしいやり過ごし方だったんだと思う。

 

リズ・ブルボーさんの著書を読んで、

「批判しているのは、実はあなたにもその要素がある」みたいなことが書かれてて、

心理学でも「自分が嫌いな人っていうのは、自分にその要素があるから、認めたくないから嫌悪感を抱く」と知人からも聞いたことが昔あったので、

共通している法則なんだと思う。

 

もうお気づきかと思われますが、

 

私こそが「器の小さい人」ということ。

 

 

時間に遅れてくる人にイライラして、「遅いわ!」とぶつけたことがある。

心の中で、なんかこの人ってやっぱり合わない。もう会うのやめた方がいいのか。

だって、あーだし、こーだし、「器が小さい」し。。。

 

あ、、、

また出た、、、「器が小さい」

 

遅れて待たされたことで、キレた私。

もうお気づきかもしれませんが、

私も「器が小さい」でした。

※遅れて来た理由は正当な理由だったし許さないってのは、よっぽど心が狭くて器が小さい人認定。

 

「器が小さい」

要するに、スペースが少ない。

スペースが、ちっちゃい。

心のゆとり、大らかさ、寛大さが、愛が、、、、少ないってことでいいですか

 

「器が小さい人だよね」と批判している自分こそが、

「器が小さい」ということに気づいてない。

 

認めます。受け入れます。

私が器が小さいのは、わかりました。

これからは、不完全であっても、穏やかに、愛することができるように成長していきたい。

 

 

そんな不完全な自分を、受け入れて、愛する。

それは自分にしかできない。

不完全な人を、批判する人も多い中(私のように)

せめて自分だけは、不完全を丸ごと受け入れて愛する。

 

それができたら、身近な不完全な人たちも、愛する。

 

 

地球に生まれてくる魂は、みんなソウルメイトと思える。

その中で、家族や身近な人は、もっともっと濃いソウルメイト。

過去世から何回も一緒に家族、きょうだい、パートナーを繰り返してきた魂のグループといわれる。

直前の前世でも出会っている人が今の人生でもいたり、

2つ前の過去世で夫婦だったとか、

10こ前の過去世で恋人同士だったとか、

1000年前に兄と妹なのに、今の人生で姉と弟だったりとか、

何千年も前に夫婦していたとか。

そんなソウルメイトは、

同じテーマを学んでいる同じクラスの生徒みたいなものかもしれない。

 

「地球に生まれてくる魂のレベル」について、

アメリカの精神科医や、

スペインの内科医が、

自分たちの研究過程でわかってきた輪廻転生について書いた書籍で

「小学生レベル」と書いていた。

魂の進化度具合によって、小学生、中学生、高校生レベルのようにあって、

魂が輪廻転生する地球以外の星もあるという。

宗教家や仏教家でなない、西洋医学の医者が述べているところが興味深いです。

 

 

 

んな あほな・・・

 

 

ほんまか嘘かは、置いといて、

 

もしも、地球に生まれてくる魂が、「小学生レベル」としたら、なんとなく納得がいくから、笑えない。

 

小学生の子供が、

 

おもちゃの奪い合い、

生き物の虐待、

万引き、略奪、

ケンカ、

「おまえの母ちゃんデベソ」「なんだとう!!」の罵り合い

 

 

など、小学生がやらかしているレベルのことって、

地球でも、形や表現を変えて起こっていることと似ている。

 

中には、大人びた、大人しいお勉強が大好きな小学生もいる。

生き物を大切にする小学生もいる

夢を追いかけて、努力して頑張る子もいる。

でも、たまに嘘をついちゃう。

人間だから。

 

 

なんだ。私の魂って小学生レベルなんですね。

じゃあ、まだまだ、あと何十回、何百回、輪廻転生があるんですか。

高校生レベルまでいく魂って、、、どんなの。

 

高校生レベルの魂が生まれる星、惑星は、肉体を持たず、テレパシーで交信できる世界とか聞いたか読んだことがある。

 

肉体を持ち、地球の美しい自然があり、いろいろな国や文化があるこの星は、輪廻転生の舞台として、人気があるそうです。

 

 

 

ほんまかいな・・・って話ですが。

 

 

歴史に残るような出来事や人物は、

地球の魂の覚醒、進化を促す為だったりするということも誰かが言ってました。

 

 

愛することを学ぶ為に生まれてきているという人もいる。

不完全な自分、不完全な身近な人たちを、まず愛することから始める。

 

 

何度か、見入ってしまうOSHOの動画の言葉。

特に、最後の方の言葉に心が打たれる。

YOUTUBEの設定で日本語の翻訳を表示できるのでよかった。

 

「Life、人生とは、愛が開く機会に他ならない。

あなたが生きている限り、その機会はそこにある。

最後の一息まで、その機会はある。

ひょっとしたら、あなたは全生涯でその機会を逃してきたかもしれない。

それでも、もし最後の一息、地球での最後の瞬間に、

愛であることができたのなら

あなたは何も見逃していない。

なぜならほんの一瞬の愛が、

永遠の愛全体と等しいから。」

 


OSHO: I Always Thought that I Loved Somebody

 

 

人を憎んだり、自分の不完全さを憎んだり、

嫌いな人を罵ったり、批判し合ったり、虐めたり、虐められたり、

また、過去世では、戦争で殺し合ったり、犯罪を犯したもあっただろう。

 

そういう時代に生まれ、生きるため、

今の日本のような選択ができなかった時代や国があったはず。

 

地球は小学生レベルの魂だから、

(小学生が悪いのではなくて、魂の進化度を表現するときのレベルということで)

わかってないことが多くて、だから、肉体を持って生まれてきて、

体験して、学んでいき、自分の器、スペース、愛を広げていく。

 

そういう風にも考えてみると、

なんだか、生きやすくなるというか、許せることが多くなったり、

不完全な自分を受け入れやすくなるように思えたのです。

 

 

一瞬の愛であっても、それは全生涯の愛に等しい

 

 

この言葉に救われる気がした。

 

恋人の「好き」や「愛してる」という気持ちは、

数年もたつと「嘘だったの?」と思えるように、しぼんでいったりするのを経験する。

あんなに好きだと思っていたのに、自分の気持ちがわからない。

あんなに好きって言ってくれたのに別れた。

 

それは縁の問題や、魂の学びや、宇宙の仕組まれたこととかで、

今は別れた相手かもしれないけれど、

そのとき、そこに一瞬の愛があったのなら、

自分も相手も「愛」があったのは真実で、何も間違っていない。

経験したことが、成功してるってことと思う。

 

愛は、異性やパートナー同士の愛に限らず。

親子、きょうだい、友達、知人、他人、見ず知らずの人、生き物、虫、石ころ、万物

・・・

愛は、判断しない。

全てを受け入れてくれるもの。

それは自分の中に既にあって、自分自身が愛である。

あなたが愛なのである。

愛の存在である。

みんなも。

愛は不完全でも愛してくれる。

 

 

OSHOさんが、そういう意図で言っているかどうかは知りませんが、

私はそう解釈してみると、なんだかじわっと熱くなりました。

 

ヨガ講師が言っていた。

「宇宙は私たちをテストする。最後の死ぬ直前まで、私たちは試されている」

死ぬ直前まで学びは続くということみたい。

死ぬ直前までに、愛であることができるのか。

その頃には、今よりももっともっと器が大きい、スペースのある自分でいたいと思いました。

 

 

 

 

読んで頂きありがとうございます。